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だれにもひみつ 「ねえ…ちゃん……?」 朦朧としたまま、黒服に引き摺られ、突き飛ばされるように入れられた薄暗い部屋。 体に力が入らず足元がよろけ、支えようと壁に手をつけば、その壁に人の影…… ふと見れば、懐かしい顔がいた。 だが……姉とは確かに良く似ているが、違う顔……頬の傷…… 正気づいて、カイジは自分の頭から血の気が引いていく感覚に囚われた。 同時に目の前の顔も、みるみる青褪める。 壁はあの忌まわしい船を思い出させるような、全面鏡面。 姉の面影を持つ人物は、カイジ自身であった。 胸の包帯と、裾からやはり巻きつけた包帯が覗くトランクス状の下着だけの鏡に映る姿は、『女』と言い切るにはいささか身長が高く、肩幅もあるが……欧米化した日本人の体型を思えば、許容範囲と言えないこともない。全体的に丸みを帯びてはいるが、締まるべきところは締まっている、絶妙なプロポーション。 ありえない谷間を有している豊満な胸を包む包帯も、激しく違和感のある下半身の下着も取りさって、自分の体を確かめるべきなのだろうが、カイジはおそろしくてそれが出来ない。 得体の知れないものがニタリと、闇の中で笑うのを見た気がした。 「か……」 返せっ俺の体を……そう叫びたいのをこらえ、代わりに両手で顔を覆い、その場に崩れる。 見ていられなかった。変わり果てた自分を……だが、自分で決めたことでもあった。
ぱぱとままのひみつ 遠藤家には王子様がいます。 名前は遠藤由紀夫くん。 本当は別の漢字の予定だったことを、当の由紀夫くんは知りません。もっとも本人はまだ、ひらがなとカタカナしか書けないので、あまり関係がありませんが。 ちなみに命名のときにはこんなエピソードがありました。 「名前は『幸雄』にしようと思うんだけど……」 病院のベッドで最初にそう言ったのは、ママであるカイジさんです。 生まれたときから男性として育てられていたカイジさんですが、実は最近両性具有であることがわかり、しかも子供ができたので戸籍を女性として登録しなおしたのですが、名前は女性風に変更はしませんでした。 「俺の恩人の名をつけてくれるとは……さすが俺の嫁だっ」 そう泣いて喜んだのはパパである勇次さん。 勇次さんにとって恩人である『利根川幸雄』さんは、実はカイジさんにとって宿敵でした。そこを曲げて『幸雄』とつけてくれるとは……職業柄、作るまいと思いつつもどこかで子供のいる家庭にあこがれていた勇次さん。赤ちゃんを産んでくれた上に、命名まで自分の考えと同じ名前。できた嫁だと大喜びです。 ただ、カイジさんは勇次さんのいう『恩人』に心当たりがありません。 どうにも運がよろしくない自分と、なにやら目元鼻元顎のあたりまで、生まれたときから自分に似そうな兆候がある赤ちゃんが、せめて人並みでいいから幸せに恵まれるようにと『幸雄』にしようと思ったのですが…… よくよく考えて、『利根川幸雄』さんに思い至ったとき、カイジさんはピンときたというより、ざわっ…としました。 いくら勝ち組とはいえ、最後は焼き土下座……ついでに蛇のような男です。全国の『幸雄』さんに当てはまることではないのは重々わかっていますが、パパがつけたいのはこの幸雄さんの名前。自分の子供はせめて真っ直ぐ育って欲しいので、カイジさん的には却下したい。 実は自分の宿敵という以外にも、なにやら嫉妬めいたものが感情に混ざっているのですが、とにかく別の名前にしたいと思いつつ、勇次さんとの愛の結晶を見やれば、早くも勇次さん「お前は幸雄、幸雄だぞう〜」と呼びかけて、赤ちゃんも自分の名前をそうと認識したのか、嬉しそうにきゃはきゃは笑っています。 面会時間が終わり、旦那様が帰った後、赤ちゃんに候補である名前で一通り呼びかけてみましたが、全部ガン無視。仕方なく「ゆきお」と呼びかけてみれば「きゃはっ」と嬉しそうに笑って見せます。 完全に刷り込まれています。 ……これはもう、仕方がない。 諦めたカイジさんですが、不幸中の幸いといおうか、勇次さんに長期の出張が入ってしまい、出産届はママが出すことになりました。 そして読み方は同じだけど、漢字を変えた『由紀夫』で、赤ちゃんの名前を届けたのです。 そのことで勇次さんとケンカになったりもしましたが、今は度が過ぎるほど仲のいい夫婦です。
「ああ……ありがと……」 差し出されたペットボトルを手に取り、礼を言って口に含みかけたカイジは、ハッと我に還った。 「誰が飲むか、こんなもんっ!」 カイジはペットボトルを差し出した相手の頭の上で逆さにし、中身をぶちまける。 夢から醒めても、状況はやはり最悪だ。 今日は悪趣味な巨大な鏡だけが目立つ殺風景な部屋の、粗末なパイプベッドの上……自分と同じく衣服を身にまとっていない隣にいる人物は、当然の如く、愛する人ではない。 「ひっでえなぁ……人の親切を」 「日頃の行いが問題なんだろうがよっ!」 同じ相手からこんな風にミネラルウォーターのペットボトルを受け取り、うっかり口をつけたらそれには媚薬が仕込まれていて、えらいことになったのは、つい先週の話である。 手で髪の水を掃うようにしながら、その男……兵藤和也はくちびるをニヤリとゆがめた。 「俺のモノをどんな風に扱おうが勝ってだろう?あんたの体は返済が終わるまで、髪の毛一本まで俺のモンだ。それをかわいい盛りの子供を男やもめで面倒みるのも気の毒だから、週一でそれも病院のついでの時に返済って、非常に好意的な条件で、善意でアンタに貸し出してやってるんだぜ?」 和也はカイジに顔を寄せ、その長い髪を指で弄ぶ。 「それとも、かわいいユキたんとも、愛しの旦那様とも引き離されて、完済まで鎖につながれて地下室でお仕事に励んだ方がいいか?」 そんなことは、赤子の手をひねるより簡単に実行できる相手である。カイジの頬から血の気が引いた。 ぎりぎりと血が滲まんばかりにくちびるを噛み締めるカイジの耳に和也は口を寄せる。 「わかったら、今日はもうワンセット……せっかく俺好みに作ったそのおっぱいで、俺の息子でもマッサージしてもらおうか?」
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